
パッシブタウン第5街区は、快適な暮らしと環境負荷の低減を両立させるため、緻密な設計と高度な施工技術が融合した画期的なプロジェクトです。
まず、計画段階から徹底されたパッシブデザインの思想が挙げられます。
これは、機械設備に頼りすぎず、自然の力を最大限に活用して快適な室内環境をつくる設計手法です。
建物の配置や窓の向き、庇の長さなどを工夫することで、夏は日差しを遮り、冬は日差しをたっぷり取り込むように設計されており、冷暖房の使用量を大幅に削減し、省エネに貢献しています。
次に、高気密・高断熱の追求です。
建物全体の隙間を極力なくし、壁や屋根、床、そして窓には高性能な断熱性能を実現しています。
特に、YKK AP製のトリプルガラス木製窓「APW 651」は、熱の出入りを大幅に抑えることで、室内の快適性を保ちながらエネルギーロスを防ぐ重要な役割を担っています。
これにより、外の暑さや寒さが室内に伝わりにくく、一年中快適な温度を保つことが可能です。
さらに、耐火性能の確保も大きなポイントです。
これまで鉄骨造やRC造が主流だった中高層共同住宅において、木材を主要構造材として使用しつつ、高い耐火性能を確保しています。
これにより、木の温もりを感じられる空間でありながら、高い安全性も両立しています。
これらの設計と施工の工夫が一体となることで、パッシブタウン第5街区は、環境に優しく、住む人にとって心地よい、未来を見据えた住まいを実現しているのです。
パッシブタウン第5街区の視察レポートは、「コンセプト編」と「技術編」に分けてお伝えします。
本記事は「技術編」です。
このレポートが建築実務者の皆様にとって、有益な情報となれば幸いです。
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パッシブタウン第5街区の建築計画
パッシブタウン第5街区は、6階建て2棟、7階建て1棟の住宅棟の他、集会所棟、屋根に太陽光発電設備を備えた駐車場、これらを結ぶ屋根付きの回廊で構成されています。
中高層規模の集合住宅としては珍しく外装には伝統木造のように無垢材を用いており、落ち着いた外観デザインです。(YKK AP様の建築に「赤」が使われているのは意外な印象でした。)
パッシブタウン第5期街区の建築計画は主に下記です。
地域地区:第1種中高層住居専用地域、一部準防火地域
構造:木造・鉄筋コンクリート造
階数:地下1階、地上7階
用途:共同住宅
建築主:YKK不動産
設計者:HK Architekten (Hermann Kaufmann + Partner ZT GmbH)(基本計画、基本設計(建築))、竹中工務店(基本設計(構造・設備)、実施設計)、設計組織プレイスメディア(ランドスケープ)
施工者:竹中工務店
YKK不動産様は、富山県と「建築物木材利用促進協定」を締結して、プロジェクトに富山県産材を採用しています。
高い構造耐力を求められる部位には国産カラマツ集成材を採用し、多くの国産材が使われています。
基本計画、基本設計(建築)を手掛けたのは、オーストリアを拠点として続々とデザイン性が高い木造建築を実現している建築家、ヘルマン・カウフマン氏です。
日本側では竹中工務店様が基本設計(構造・設備)、実施設計、施工を担当しています。
関連ページ(パッシブタウン公式WEBサイト):「5街区」
木の魅力を活かしたパッシブタウン第5街区の意匠設計
パッシブタウン第5街区の設計は、デザインや性能を高めながら、使い勝手、メンテナンス等とハイレベルで両立されている印象です。
外観デザインでは、外装仕上げに浸透性塗料を用いるなど、木の風合いを重視しています。
窓にはYKK AP様がこのプロジェクトを機に新たに開発したトリプルガラスの木製窓(国産のヒノキ集成材を使用)を採用しています。
エントランスホールから、木質感あふれるデザインとなっています。
屋内空間は天井に木が見え掛かりとなり、床は木製フローリング仕上げとなっています。
住居の内部は、木造でありながら大開口を実現しています。
第5街区の中央部に配置されている集会所棟は、外装は木製ルーバーで、街区のアクセントにもなっています。
集会所棟は、多面体で複雑な架構を木造で実現しています。
屋上緑化した回廊、集会所棟の芝は、芝刈りロボットにより、メンテナンスが可能になっています。
屋根面に太陽光発電パネルを備えた駐車場棟があり、駐車スペースは地下1階・地上1階となっています。
関連ページ(パッシブタウン公式WEBサイト):「5街区」
木質ハイブリッド構造(平面混構造)のパッシブタウン第5街区の構造
「木造で高層建築?」と驚かれる方もいるかもしれませんが、パッシブタウン第5街区は、最新の木造技術と構造設計によって、その常識を覆しています。
特に中高層木造共同住宅としての安全性確保は、並々ならぬ技術と工夫が凝らされていることを実感しました。
木造と鉄筋コンクリート(RC)造の平面混構造である木質ハイブリッド構造が採用されています。
住居棟は6階建てが2棟、7階建てが1棟で、3棟とも直接基礎で、1階がRC造、2階以上が木質ハイブリッド構造です。
建物中央に配置したRC造のセンターコアを取り巻く形で、1階RC造部分の上に耐火木造柱を立て、高断熱の耐火木造外壁で覆うという計画になっています。
構造の構成としては、センターコアが地震力の多くを負担することで木造部分の耐震要素を減らし、木造部分の設計自由度を高めています。
強固な床スラブで木造部分の応力をセンターコアへ伝達する仕組みです。
木質化により重量が軽減されたことも耐震設計には有利に働いています。
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巧みな計画と大臣認定で実現したパッシブタウン第5街区の耐火性能

配置計画で建物を延焼のおそれがある部分から外した設計により、安全性を確保しながら法的に要求される防火性能を軽減して、合理化外壁(非耐力)1時間耐火を30分耐火にできています。
開口部を非防火設備扱いとすることで、「窓の木造化」を実現しています。
4階建て以上は原則として耐火建築物を要求する日本の建築基準法を満たすため、柱を耐火被覆したほか、外壁部分については新たに30分耐火構造の大臣認定を取得した仕様で設計・施工されています。
床スラブには竹中工務店様が開発した「CLT合成床」を採用されており、この床スラブは、防耐火上はRC部分のみ構造躯体扱い、CLT(直交集成板) の部分で床たわみを低減するハイブリッド架構になっています。
プレキャストコンクリートの製造段階で下側にCLTを敷き、一体化した部材です。
コンクリートを流し込む前にCLT側へ太いボルトを一定間隔で打ち込んでおき、コンクリートとの定着を図っています。
関連ページ(パッシブタウン公式WEBサイト):「5街区」
ZEH-M Ready相当のパッシブタウン第5街区の省エネ性能

住居棟は断熱・気密処理を施した壁パネルや木製窓などにより、断熱性能を示す外皮平均熱貫流率(UA値=W/m2・K)は0.24となる計画です。
これは富山県(地域区分5)において、2024年時点の住宅性能表示制度における断熱性能等級では最高となる「等級7(UA値0.26)」を上回る断熱性です。
また各階層単位でパネル間などの最終的な気密施工を実施し、気密性能を示す隙間相当面積(C値=cm2/m2)は0.5を下回る見通しとなっています。
こうした高断熱・高気密化で従来にない省エネ建築となることに加え、創エネ・蓄エネ設備の実装も進められています。
まず創エネでは、太陽光発電システム、そして太陽熱集熱システムによる給湯を導入しています。
これらに加え、余剰電力で水素ガスを生成して貯蔵するPower to GAS技術を用いた蓄エネシステムにより、エネルギーを季節間で融通し、1年を通じて再生可能エネルギー自給率95%以上とする設備計画です。
街区全体をEMS(エネルギー・マネジメント・システム)で制御して、各住戸のHEMS(住宅エネルギー管理システム)とも連動させて電力需要予測や太陽光発電予測を行うというもので、国土交通省や環境省による補助対象ともなった先端技術です。
日本国内における集合住宅への適用は極めて珍しいです。
建築分野の脱炭素化では今後、資材製造・施工段階で発生する二酸化炭素排出量(アップフロントカーボン)、建築物の運用段階で発生する二酸化炭素排出量(オペレーショナルカーボン)も含めて、建築物の一生涯における二酸化炭素排出量「ホールライフカーボン」までカウントする時代がやってきます。
このパッシブタウン第5期街区は、木材活用によって炭素貯蔵効果と資材製造段階での排出削減効果を追求しつつ、運用段階での二酸化炭素排出量を大幅に削減した、国内有数の先進事例です。
第5街区の3棟の性能は「ZEH-M Ready(ゼッチ・マンション・レディ)」相当です。
竹中工務店様による自社評価では、6階建ての2棟(M棟とN棟)の1次エネルギー消費量削減率は65%、7階建てのO棟は95%となっています。
特に挑戦的な創エネ・蓄エネ技術を投入したのがO棟です。
他の2棟や一般的なZEH-Mと異なり、電力会社への売電を一切せず、年間を通じて95%の電力を太陽光発電による再生可能エネルギーで自給する仕組みです。
計算上の1次エネルギー削減ではなく、文字通り電力会社から買う電気を5%に抑える計画です。
暖房需要が高まる冬場、北陸地方は曇りがちで降雪もあり、太陽光による発電量が減ります。
そこでO棟では水素を媒体に用いる「Power to Gas(P2G)」システムを導入しています。
余剰電力で水を電気分解して水素に変換し、冬場に燃料電池を稼働させる仕組みです。
関連ページ(パッシブタウン公式WEBサイト):「5街区」
オフサイト施工により水対策を徹底したパッシブタウン第5街区の施工
パッシブタウン第5街区の施工の特徴は、「オフサイト施工」です。
平面混構造としたもう1つの理由が、オフサイト施工を容易にすることです。
オフサイト施工とは、建設現場で行っていた加工や組み立てを工場などでの製品化やユニット化に置き換え、現地での工程や工数を最少化するもので、現地施工の生産性の向上が見込めます。
剛性が高いセンターコアから持ち出す形で木質部材を据え付け、各階層を完成させていくという生産工程です。
耐火柱部材、高断熱の耐火外壁パネル、プレキャストコンクリートの梁部材、前出のCLT合成床など、すべて工場生産して現場へ搬入しています。
オフサイト施工の比率を高めることで生産工程が現場以外に分散され、現場での工数も抑えられます。
木材の腐朽や寸法変化といった課題、その原因となる雨水などの水分の影響の排除を、特に重んじている考え方で、工場生産化率の向上と急速施工こそがその解決法の一つです。
関連ページ(パッシブタウン公式WEBサイト):「5街区」
まとめ
今回のパッシブタウン第5街区視察は、私たちハウス・ベース株式会社にとって、非常に学びの多い貴重な機会となりました。
YKK AP様の全面的なご協力のもと、中高層木造共同住宅の可能性、木造非住宅の革新性、そして環境共生型社会の実現に向けた具体的な取り組みを肌で感じることができました。
この街区は、高性能な建材、先進的な建築技術、そして地域資源の活用が見事に融合した、まさに未来の住まいです。
私たちはこのツアーを通じて、木材が持つ無限の可能性と、それを具現化する技術の進化に大きな感銘を受けました。
ハウス・ベース株式会社は、非住宅用途の木造化・木質化支援を通じて、持続可能な社会の実現に貢献することを目指しています。
今回のパッシブタウン第5街区で得た知見と経験を活かし、これからもお客様のニーズに応える最適なソリューションを提供してまいります。
今回のレポートが、建築実務者の皆様にとって、新たなビジネスチャンスやプロジェクトのヒントになれば幸いです。
パッシブタウン第5街区は、まさに「百聞は一見に如かず」の街です。
ぜひ一度、この未来の街を訪れてみてはいかがでしょうか。
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木造非住宅ソリューションズとは?
「木造非住宅ソリューションズ」では、実務者のスキルアップや交流を目的に定期的に勉強会や見学会を開催しています。
木造化・木質化に関する支援を提供する活動において、その担い手となる実務者(設計者、施工者、その他専門家)への情報提供や啓蒙活動は必須であると考えています。
加えて、人口減少・高齢化・建築離れ等の問題による、実力・実績のある実務者確保も重要な課題です。
そうした問題意識から、木造化・木質化に関して学ぶ場を定期的に設けることにより、実務者の実力向上を図りたいと考えています。
ハウス・ベース株式会社の木造化・木質化支援
非住宅用途の建築物で、木造化・木質化の更なる普及が期待されています。
諸問題を解決して、木造化・木質化を実現するには、「木が得意な実務者メンバー」による仕事が必要不可欠です。
木造非住宅ソリューションズでは、発注者の課題に対して、最適な支援をご提案します。
ハウス・ベース株式会社は、建築分野の木造化・木質化を支援するサービスである「木造非住宅ソリューションズ」を展開しています。
「木造非住宅ソリューションズ」とは、脱炭素社会実現に向けて、建築物の木造化・木質化に関する課題解決に貢献するための実務支援チームです。
◾️テーマ:「(木造化+木質化)✖️α」→木造化・木質化を追求し、更なる付加価値を創出
◾️活動の主旨:木に不慣れな人・会社を、木が得意な人・会社が支援する仕組みの構築
【主なサービス内容】
◾️発注者支援:施主向けに、木造化・木質化への事業計画、依頼先選定、プロジェクトマネジメント等
◾️設計支援 :木造化・木質化プロジェクトの建築計画、デザイン、図面作成、申請等
◾️施工支援 :木造化・木質化プロジェクトの施工者紹介(元請、建て方)、施工者に対しての案件紹介等
◾️事業者支援:メーカー、商社等を対象に、木造化・木質化に関する広報、イベント、販促支援等
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